今日は2月29日。閏日である。
や、さっき偶然気づいただけだし、閏年の2月29日を「閏日」と呼ぶことも、さっき調べてはじめて知ったんだけど。
蝕の時にも思うけど、閏日の存在も、なんとなく身近に天体を感じられる気がする。
人の世とは関係なく、規則的に宇宙は運動していて、時折、人の世にちょっと顔を出す(本当は切り離せるはずもないが、当たり前すぎて忘れてしまうので)、という感じがして、子供時分から天体が好きだった身としては嬉しくなってしまう。
ところで、今は1年365日でほぼ4年に一度閏日を入れるだけだが、太陰暦だったころは、閏月を入れて1年が13ヶ月だったらしい。「そんなんでいいのか!」と思ってしまうが、太陽暦における月−もはや月の満ち欠けにほとんど関係ない−を受容している我々も「そんなんでいいのか!」だよなあ。
まあ、人間の文化と宇宙の摂理というのは必ずしも対応してなきゃいかんわけではないので、星占い(あえて占星術とはいわないが)に蛇遣い座を入れるとか、ホルストの組曲「惑星」に冥王星が入ってないから付け足すとかは、まあ、悪いとは言わないが、ヤボだな、と思います
閏日。
歳を取るということ。
先日、歳をとった。
もう、誕生日がくるのがあんまり嬉しくない感じだ。
・・・というのは建前というか常套句というかで、実はほとんど気にしていない。実年齢なんて大した意味はないのだ。身体と精神が重要なのだ。
ちょうど一年前の誕生日に、手帳にメモした文章が、いまでも私の人生観を示していると思うので、抜粋する。
また歳とった。
20才越えると、誕生日が嬉しくなくなってくるってのは事実だ。
いやいやこれは「若さ史上主義」に侵されている。
猫は歳いってた方が可愛いし、人間だって歳を経て魅力的になるものだ。
前向きな歳のとりかたをしようじゃないか。
ところで、人生80年としたら、いま30%ほど生きたことになる。焦る。
いや、まだあと2/3も残ってるんだ。ここ数年で人生決まりそうに考えてしまうけど、まだ2/3もあれば、どんな予期しない事が起こるか知れない。
そういう時に何も変わろうとしなかったら、それが「老い」なんだろう、と思う。
もう、誕生日がくるのがあんまり嬉しくない感じだ。
・・・というのは建前というか常套句というかで、実はほとんど気にしていない。実年齢なんて大した意味はないのだ。身体と精神が重要なのだ。
ちょうど一年前の誕生日に、手帳にメモした文章が、いまでも私の人生観を示していると思うので、抜粋する。
また歳とった。
20才越えると、誕生日が嬉しくなくなってくるってのは事実だ。
いやいやこれは「若さ史上主義」に侵されている。
猫は歳いってた方が可愛いし、人間だって歳を経て魅力的になるものだ。
前向きな歳のとりかたをしようじゃないか。
ところで、人生80年としたら、いま30%ほど生きたことになる。焦る。
いや、まだあと2/3も残ってるんだ。ここ数年で人生決まりそうに考えてしまうけど、まだ2/3もあれば、どんな予期しない事が起こるか知れない。
そういう時に何も変わろうとしなかったら、それが「老い」なんだろう、と思う。
修理。
昨日、原付のスパークプラグを交換した。モーターサイクルをいじくるのは初めてだったので、不安だったが、問題なく作業を終えた。一発でエンジンがかかるのは気持ちいい。
私のように、それほどバイクに興味のない人の多くは、エンジンがかからなくなったら、まあ、バイク屋に持って行くのが普通だろう。そのほうがラクだし、安全だ。自転車のタイヤがパンクしたときなんかも、自分で修理する人は結構少ないらしい。
でも、私はこうしたちょっとした修理を自分でやるのが好きだ。安くすむとか、壊れたものを持って行くのが面倒とかの理由もあるが、一部でも機構を理解し、得た知識を実践するのは楽しい。
そもそも、昔から私は分解が好きだった。近所のゴミ捨て場に電化製品が落ちていれば、その場で開けてみたり、家で捨てることになったPCを分解しまくったりしていた。分解して見つけた「お気に入り」の部品は、いまだに小物入れに入っている(ベアリングの入ったのや、小さくまとまった基盤が嬉しい)。
そのうちに、ビデオデッキやレコードプレイヤ、ゲームのコントローラなんかを直すようにもなって、単なる分解よりは多少ましになった。このへんで修理が好きになってきたんだと思う。
しかし、近年、修理不可能なものが多くなってきている気がする。電子部品が多くなったということもあるが、修理を前提としない設計や体制になってきたように思えるのだ。
昔(10年くらい前?)は、電機店には修理コーナがあった。家電なんかを持ち込めば、そこで修理してもらえたものだ。最近では、メーカによる修理の窓口しかなくなっている。メーカでなければ修理(というか部品交換)ができなくなっているのだ。
私は学生時代、カシオの電子辞書を使用していたのだが、ある時、蝶番にあたる部分が折れてしまった。外装が壊れただけなので、電子辞書としては使える状態である。そこで、外装の部分だけ購入できないか、問い合わせたのだが、修理するので送って下さいの一点張り。その時は講義で毎週使っていたので、できれば修理に出したくない、と言ってもダメだった。
以前、ヤマハのキーボードの鍵が折れた時は、ヤマハに問い合わせ、該当する鍵だけを購入し、自宅で修理できたので、大体どこでもこういう対応をしてくれるのかと思っていたので、残念だった。
今後はこういうことが増えてきそうでやだなー。
私のように、それほどバイクに興味のない人の多くは、エンジンがかからなくなったら、まあ、バイク屋に持って行くのが普通だろう。そのほうがラクだし、安全だ。自転車のタイヤがパンクしたときなんかも、自分で修理する人は結構少ないらしい。
でも、私はこうしたちょっとした修理を自分でやるのが好きだ。安くすむとか、壊れたものを持って行くのが面倒とかの理由もあるが、一部でも機構を理解し、得た知識を実践するのは楽しい。
そもそも、昔から私は分解が好きだった。近所のゴミ捨て場に電化製品が落ちていれば、その場で開けてみたり、家で捨てることになったPCを分解しまくったりしていた。分解して見つけた「お気に入り」の部品は、いまだに小物入れに入っている(ベアリングの入ったのや、小さくまとまった基盤が嬉しい)。
そのうちに、ビデオデッキやレコードプレイヤ、ゲームのコントローラなんかを直すようにもなって、単なる分解よりは多少ましになった。このへんで修理が好きになってきたんだと思う。
しかし、近年、修理不可能なものが多くなってきている気がする。電子部品が多くなったということもあるが、修理を前提としない設計や体制になってきたように思えるのだ。
昔(10年くらい前?)は、電機店には修理コーナがあった。家電なんかを持ち込めば、そこで修理してもらえたものだ。最近では、メーカによる修理の窓口しかなくなっている。メーカでなければ修理(というか部品交換)ができなくなっているのだ。
私は学生時代、カシオの電子辞書を使用していたのだが、ある時、蝶番にあたる部分が折れてしまった。外装が壊れただけなので、電子辞書としては使える状態である。そこで、外装の部分だけ購入できないか、問い合わせたのだが、修理するので送って下さいの一点張り。その時は講義で毎週使っていたので、できれば修理に出したくない、と言ってもダメだった。
以前、ヤマハのキーボードの鍵が折れた時は、ヤマハに問い合わせ、該当する鍵だけを購入し、自宅で修理できたので、大体どこでもこういう対応をしてくれるのかと思っていたので、残念だった。
今後はこういうことが増えてきそうでやだなー。
ゲーム開発日誌。
この1月から兄と2人でゲーム開発をしている。
ジャンルはRPG。二人してRPGには一言あるので、自分らのやりたいものを作ろうということで。一般的なMMORPGとロマサガ1のあいのこみたいな感じになりそう(もちろんシングルプレイですよ)。渋いぞ。一応、一年後の完成を目指す。
グラフィックは技術的制限(二人ともあまり絵が描けない・・・)もあり、愛すべきドット絵。「スーファミ並み」になれば嬉しい。
音楽は打ち込み→オーディオファイルで。効果音はマイク録り→VSTエフェクトやオーバーダブで結構いいものができそう。たぶん画面に合わず「プレステ並み」の音質になる。
せっかくなので、開発日誌を作ってみた。
「life(仮)」開発日誌
http://life-rpg.seesaa.net/
ほとんどがプログラミング関係の記事になると思うので、プログラマ以外は読んでもおもしろくないかと。
ジャンルはRPG。二人してRPGには一言あるので、自分らのやりたいものを作ろうということで。一般的なMMORPGとロマサガ1のあいのこみたいな感じになりそう(もちろんシングルプレイですよ)。渋いぞ。一応、一年後の完成を目指す。
グラフィックは技術的制限(二人ともあまり絵が描けない・・・)もあり、愛すべきドット絵。「スーファミ並み」になれば嬉しい。
音楽は打ち込み→オーディオファイルで。効果音はマイク録り→VSTエフェクトやオーバーダブで結構いいものができそう。たぶん画面に合わず「プレステ並み」の音質になる。
せっかくなので、開発日誌を作ってみた。
「life(仮)」開発日誌
http://life-rpg.seesaa.net/
ほとんどがプログラミング関係の記事になると思うので、プログラマ以外は読んでもおもしろくないかと。

