思索の日々、音との生活。

大学図書館パートタイマー(2年目)の広くて浅い思索の日々、音との生活。

Webcat PlusからMILAI蔵書検索。

Grease Monkey用スクリプト第3弾。

webcat2milai.user.js

Webcat Plusの詳細表示から、MILAI(三重県図書館ネットワーク)の蔵書検索へ飛びます。ISBNの表示があるもののみ。
せっかくなんで、普通の所蔵情報表示のアイコンとかを流用さしてもらいました(笑)。

Webcat Plusは本探すのに便利だけど、所蔵情報があるのは(ほとんど)大学図書館だけで不便だったので作ってみました。

ヒットしなければ非表示にできたりするといいのですが、技術力と気力が足りません・・・。

なお、今回楽するためにPlatypusを使ったので、Firefox+Greasemonkey+Platypusが必要です。

aタグのリンク先を書き換えれば他の蔵書検索などにも応用できるはずなので、どうぞご自由に。

食は芸術。文学は・・・?

芸術とは何か、ということは昔から論じられ、不勉強な私は先達の芸術論を全く知らないわけだが、大胆にも言わしてもらおう。食は芸術である、と。

芸術の代表格は美術・音楽・文学だろう。演劇や歌劇、映画などはこれらの複合体と考える。文学はとりあえず置いといて、美術と音楽は、それらが作用する「器官」あるいは「感覚」がはっきりしている。
美術は目を通して視覚に、音楽は耳を通して聴覚に作用する。

その考えでいくと、俗にいう五感のうち残っているのは「味覚」「嗅覚」「触覚」だ。

これらに作用するものというと、当然「食」となる。
料理は味、香り、食感の芸術であるわけだ。

必ずしも生存に必要ない、時代や文化により価値観が大きく異なる、基本的なところで共通している部分がある、などと、音楽・美術などとも共通する事項がある。

もっとも、嗅覚芸術でいえば香水や、線香などのほうがふさわしいかもしれない。

触覚芸術は・・・いままで芸術としては認識されていなかったのかも。パウダービーズが流行したり、肉球写真の本が出たり、エアキャップを模したおもちゃが発売されたりと、サブカルチャーにはいろいろあるかもしれない。

さて、ここまで文学は保留してきた。文学は視覚や聴覚から入るとはいえ、本質はそこにはない(当然、味覚・嗅覚・触覚も無関係ではないが本質ではない)。

芸術が感覚に作用するものである、文学は芸術である、という(勝手な)前提に基づくと、文学が作用する感覚がある、と考えられる。

文学はことばの意味を介する芸術である。語感など聴覚的要素も大きいが、翻訳文学が十分市民権を得ていることを考えると、やはり本質は「意味」であろう。

とすると対応する感覚は、意味を介する「意味覚」ということになろうか。人間の第6の感覚としてはなかなかいいものである、と思う。

ユーザーインタフェイス(UI)について

ソフト開発をしていると、実は一番手間がかかるのがユーザーインタフェイス(以下UI)だと思うことがある。

大規模なソフトウェアや、速度を求められるソフトウェアでは、処理部分に時間がかかるのかもしれないが、私の作るような簡単なものの場合は、間違いなくUI関係に時間がかかる。

最近ではGUI=グラフィカルUIが当然だが、このGUIというやつはユーザからのアクションが予想しにくいというか、あらゆるアクションに対応しなければならないために、コードが煩雑になり、例外(エラー)も起こりやすくなる。

さらに、ファイルを処理するユーティリティだと、「ファイルを開く」ボタン(あるいはメニュー)、ウィンドウへのドラッグ&ドロップ、コマンドライン引数でのファイル指定、のいずれにも対応するのが、結構めんどくさい。

また、Tabによるフォーカスの移動や、Enterを押した時の動作なんかも、操作性に大きな影響を及ぼすので、頭を悩ませる。

ただ、特に簡単なソフトは使いやすさが命なので、UIで手を抜くわけにもいかず、「自分で使うだけなら楽なのに」と愚痴を言いながら、コードを書くわけである。

基本的なUIをウィザードかなんかで簡単綺麗に作れる(変更できる)と、だいぶやる気がでるんだけどなあ。