たまには人の役に立つ記事を書いてみようと思う。
大学の弦楽合奏サークルに所属して現在三年目。
初めのうちはレパートリーを探すのに苦労していた(弦楽のみで演奏できる曲というのは室内楽を除き、思いの外少ない)が、流石に三年目ともなると色々とやり方がわかってきた。
今回は弦楽合奏曲を探し、楽譜を入手する際に便利なサイトを紹介する。
String Ensemble Cafe
RepertoryListに古今東西の弦楽合奏曲のリストがある。
数は多いが説明は少ないので、目星をつけて他サイトを調べると良い。
KAMOS
楽譜販売サイト。タイトルや作曲家の他、時代や演奏時間、そして詳細な編成(これが素晴らしい!)から楽譜が検索できる。
検索方法がとにかく秀逸なので、変な編成(たとえばVa,Vc,Cbなど)で演奏したい時など重宝する。弦楽合奏曲の場合「オーケストラ曲の検索」で検索条件「編成から」を「弦楽合奏曲」にすればOK。
もちろん同サイトから楽譜を購入できる。
最近、大幅なリニューアルで使いやすくなり、えらい勢いで更新されている音楽教育サイトも注目。
Amazon.com
言わずと知れた、大型オンラインショップ。日本のサイトと違い、試聴できるCDが大量にあるので、上記のサイトで見つけた曲を試聴するのに最適。
ただし作曲者名、曲名の英語表記は調べておくこと。
NAXOS.COM
高品質な廉価盤を多数世に送り出しているナクソスのサイト。ほぼ全てのCDの、全ての曲が試聴できる。ただし試聴には会員登録が必要。無料会員なら曲の始め1/4、年間$20弱の有料会員なら全曲試聴できる。
うまく検索出来ない場合、日本のサイトで検索しても可。
Sheet Music Plus
アメリカの楽譜販売サイト。私が知る限り最も楽譜の品揃えが多い。
検索システムにちょっとクセがあるので、検索ワードは少なめにして地道に探すべし。
見つけた楽譜は直接購入しても良いだろうが、私は不安なのでくっきぃずにお願いしている。
アトリエ・デ・くっきぃず
楽譜販売サイト。豊富な品揃えと迅速な対応。
更にカタログに載っていない商品も、問い合わせればすぐに見つけてきてくれる。
ただし、検索はちょっと使いにくい。
在庫が無い場合だと、注文して3〜4週間くらいで届く。
アカデミア・ミュージック
楽譜販売サイト。実際の店舗も有名らしいが、特別品揃えが多いというほどでも・・・。
検索もあまり使いやすいとはいえないが、くっきぃずに無ければ探してみては。
愛知芸術文化センター内アートライブラリOPAC
桐朋学園大学音楽学部付属図書館OPAC
楽譜の所蔵が多い図書館の所蔵検索ページ。うまくいけば一番安く、早く楽譜が入手できる。
ここで探して見つかれば、最寄りの図書館で取り寄せてもらおう。
ただし、古い楽譜は館外貸出を規制しているものもある。
なお、コピーして使用する場合はくれぐれも著作権に注意して。
Amazon.co.jp
国内で出版されているミニチュアスコア等はここで探すのが楽。
在庫が無かったり、納期が4〜6週間などとなっている場合は、出版社のサイトで買ったり、問い合わせたりする方が得策。
番外編「弦楽合奏曲便覧」
私の所属している楽団のOBが手書き&コピーで作成した、弦楽合奏曲の便覧。各時代・楽派の解説や、曲の難易度・有名度の記述もあり、非常に実用的。
いつか私の手で自費出版したいと密かに思っている(笑)。
弦楽合奏曲の探し方
つゆだく。
行きつけの吉野屋で、ここ2回豚丼のつゆが多い。
どんぶりの下1/3がつゆに浸かっている。
私は過去1度だけつゆだくを注文して、後悔したことがある。
豚丼は具と米との組み合わせが美味いのであって、つゆだくで渾然一体となってしまった豚丼は、味が一様になってしまい苦手だった。
それ以来つゆだくを注文することはなかったのに、勝手にされるのである。全くもう。
多くの人がつゆだくを好む事は事実である。だから、つゆだくにするのはサービスのつもりなのかも知れない。普通よりつゆが多いんだから、喜ぶことはあっても嫌がる人はいないだろうと。
「具が多ければよい」という考えは、昔から根強い。(生地に比して)具がたっぷりの肉まん、尻尾の先までぎっしり餡が詰まった鯛焼き、などなど、購買意欲をそそるであろうフレーズは私にとっては食傷を起こさせるだけだった。ほのかに甘みのある生地あっての肉まん、最後に生地のみでしめてこその鯛焼きである。
味はバランスが全て。ちゃんと気を遣って欲しいものである。
どんぶりの下1/3がつゆに浸かっている。
私は過去1度だけつゆだくを注文して、後悔したことがある。
豚丼は具と米との組み合わせが美味いのであって、つゆだくで渾然一体となってしまった豚丼は、味が一様になってしまい苦手だった。
それ以来つゆだくを注文することはなかったのに、勝手にされるのである。全くもう。
多くの人がつゆだくを好む事は事実である。だから、つゆだくにするのはサービスのつもりなのかも知れない。普通よりつゆが多いんだから、喜ぶことはあっても嫌がる人はいないだろうと。
「具が多ければよい」という考えは、昔から根強い。(生地に比して)具がたっぷりの肉まん、尻尾の先までぎっしり餡が詰まった鯛焼き、などなど、購買意欲をそそるであろうフレーズは私にとっては食傷を起こさせるだけだった。ほのかに甘みのある生地あっての肉まん、最後に生地のみでしめてこその鯛焼きである。
味はバランスが全て。ちゃんと気を遣って欲しいものである。
「男なんだから」
近年のフェミニズム運動の成果か、「女(の子)なんだから〜しなさい/しろよ」などといった台詞は随分聞かなくなってきた。その割には(特に21〜22時台の)ドラマなどで「男なんだから」「男らしくない」などの台詞はいまだによく聞かれるように思う。
戦前教育によって近年の日本では男尊女卑社会が形成された。その反動としてのフェミニズム運動によって、女性を差別(卑下)することは社会的に許されないという意識が、社会通念となった(理性では解しても、感情的には受容できない人も多いようだが)。
その一方で、戦前教育によって「軍人」である事を強要された男性については、未だに見直されているとは言い難い。「男の子なんだから泣いちゃいけません」「男なんだからはっきりしなさい」などという台詞も、「女は黙ってろ」など(ああ書くだけでも胸が悪くなる)と同じように、性別による役割の押しつけである、という事をもっと意識すべきだ。
私のように、ジェンダー・フリー(社会的無性)、ジェンダー・ニュートラル(社会的中性)でありたいと思う人間にとっては、その辺りの無神経さがついつい気になってしまう。
戦前教育によって近年の日本では男尊女卑社会が形成された。その反動としてのフェミニズム運動によって、女性を差別(卑下)することは社会的に許されないという意識が、社会通念となった(理性では解しても、感情的には受容できない人も多いようだが)。
その一方で、戦前教育によって「軍人」である事を強要された男性については、未だに見直されているとは言い難い。「男の子なんだから泣いちゃいけません」「男なんだからはっきりしなさい」などという台詞も、「女は黙ってろ」など(ああ書くだけでも胸が悪くなる)と同じように、性別による役割の押しつけである、という事をもっと意識すべきだ。
私のように、ジェンダー・フリー(社会的無性)、ジェンダー・ニュートラル(社会的中性)でありたいと思う人間にとっては、その辺りの無神経さがついつい気になってしまう。
子供が介護するのは当然?
この間、福祉をボランティアに依存する事の問題点を指摘したが、それ以前に言うべき事があった。
現在でも、親を介護するのは子供の当然の義務、と考えている人は少なくないようだ(更に介護するのは女性の仕事、と考えている人も多いらしい。救えんわ・・・)。
一口に介護といっても、その負担は年々大きくなっている。医療の発達から寿命は延び、そのかわりに重い障害を持つ高齢者が多くなり、また、子供の代の年齢層も高くなる。子供が介護する、となれば90歳の人を70歳の人が介護する、という状況も考えられる。ならば孫に、となれば孫は親と祖父母の介護をしなければならず、肉体的・精神的・経済的な負担は計り知れない。
重い障害を持つ人の介護は想像以上に辛いものらしい。さらに在宅で、相手が親ともなれば更に大変だ。四六時中、かつての姿を失った親の世話をしなければならない。肉体的障害を持っていれば、入浴や下の世話。精神的な障害なら、心休まる時はなくなる。
こんな状態では、介護する側も疲弊しきってしまう。具体的な体験談をきくと、介護疲れで、親を殺害してしまったり、自分が自殺してしまったり、というような事が起こるのも無理がないように思える。
こんな社会でいいはずはない。
まずは、親は子供が介護すべき、という意識を捨て、介護が必要な者は、社会全体で面倒をみるという意識が必要だ。そして、質・量ともに甚だ不十分な現在の介護制度・施設を改善しなければならない。
ところで福祉大国スウェーデンでは、親を介護するのにも給料が出る。確か資格を持っていれば、給料もあがったはずだ(うろ覚え)。いまの日本がスウェーデンのような福祉を築きあげるのはかなり難しいと思うが、多少なりともお手本にしていきたい。
現在でも、親を介護するのは子供の当然の義務、と考えている人は少なくないようだ(更に介護するのは女性の仕事、と考えている人も多いらしい。救えんわ・・・)。
一口に介護といっても、その負担は年々大きくなっている。医療の発達から寿命は延び、そのかわりに重い障害を持つ高齢者が多くなり、また、子供の代の年齢層も高くなる。子供が介護する、となれば90歳の人を70歳の人が介護する、という状況も考えられる。ならば孫に、となれば孫は親と祖父母の介護をしなければならず、肉体的・精神的・経済的な負担は計り知れない。
重い障害を持つ人の介護は想像以上に辛いものらしい。さらに在宅で、相手が親ともなれば更に大変だ。四六時中、かつての姿を失った親の世話をしなければならない。肉体的障害を持っていれば、入浴や下の世話。精神的な障害なら、心休まる時はなくなる。
こんな状態では、介護する側も疲弊しきってしまう。具体的な体験談をきくと、介護疲れで、親を殺害してしまったり、自分が自殺してしまったり、というような事が起こるのも無理がないように思える。
こんな社会でいいはずはない。
まずは、親は子供が介護すべき、という意識を捨て、介護が必要な者は、社会全体で面倒をみるという意識が必要だ。そして、質・量ともに甚だ不十分な現在の介護制度・施設を改善しなければならない。
ところで福祉大国スウェーデンでは、親を介護するのにも給料が出る。確か資格を持っていれば、給料もあがったはずだ(うろ覚え)。いまの日本がスウェーデンのような福祉を築きあげるのはかなり難しいと思うが、多少なりともお手本にしていきたい。
情報リテラシとブログ
情報リテラシという言葉をご存じだろうか。
リテラシ(literacy)=読み書きする能力で、すなわちコンピュータや、そのネットワークを利用して、情報収集と発信を行う能力の事を指す。最近では、学校教育の一環として情報リテラシ教育の必要性が叫ばれている。
情報リテラシは、狭義には、コンピュータの操作や、検索ツールの使い方などを指す事が多いようだが、より重要なのは情報を取捨選択し適切な情報を発信できる能力であると思う。
ネットは千差万別、玉石混淆な情報の大海である。適当なキーワードでググってみればよくわかる。特に汎用的・一般的なキーワードでは、必要とする情報はなかなか得られない。
情報はあるが、得られないというのが情報社会の抱える問題だ。また発信の側に回ると、著作権、ネット上の倫理(ネチケット・・・て、最近言わんなぁ)、虚偽情報の発信など、問題は山積みである。
特に収集・発信ともに、その問題に気付きにくいのがネットの特徴だ。情報が膨大すぎる上に、かなり自由に発信できるため、誰もチェックができないのだ。そのため、不適切な情報と知らずに、収集・発信してしまう事がままある。
で、ブログである。ブログの流行により、情報の発信はさらに手軽になり、情報は膨大になった(よくGoogleでブログがひっかかりますよね)。無根拠な情報、違法性のありそうな情報もよく見られる。情報リテラシの必要性は更に高まっているようだ。
ただ、ブログの流行によって、むしろ情報リテラシが高まるという気もする(もともとそういう論旨で書き始めたはずなのだが(苦笑))。
お気に入りのブログに書かれている事は−こと趣味・嗜好に関する事は−信頼できる情報だろう。情報のフィルターとしてブログを利用できるわけだ。
発信するにしても、ニュースサイトにリンクを張って根拠を示すなど、信頼できる情報発信のトレーニングになる(すれば、の話)。情報教育の一環として、ブログを書いてみる、というのもなかなかおもしろいかと。
ところで、ブログの副産物として、文章の練習になるというのがある。もう毎回毎回記事書くたびになやむなやむ!最後の方はいやになって、ろくに推敲もせず載せてしまうわけで。まあ、そういうわけで、自らの情報リテラシ向上のために、いいブログが書けるよう精進します・・・(なんやそら)。
リテラシ(literacy)=読み書きする能力で、すなわちコンピュータや、そのネットワークを利用して、情報収集と発信を行う能力の事を指す。最近では、学校教育の一環として情報リテラシ教育の必要性が叫ばれている。
情報リテラシは、狭義には、コンピュータの操作や、検索ツールの使い方などを指す事が多いようだが、より重要なのは情報を取捨選択し適切な情報を発信できる能力であると思う。
ネットは千差万別、玉石混淆な情報の大海である。適当なキーワードでググってみればよくわかる。特に汎用的・一般的なキーワードでは、必要とする情報はなかなか得られない。
情報はあるが、得られないというのが情報社会の抱える問題だ。また発信の側に回ると、著作権、ネット上の倫理(ネチケット・・・て、最近言わんなぁ)、虚偽情報の発信など、問題は山積みである。
特に収集・発信ともに、その問題に気付きにくいのがネットの特徴だ。情報が膨大すぎる上に、かなり自由に発信できるため、誰もチェックができないのだ。そのため、不適切な情報と知らずに、収集・発信してしまう事がままある。
で、ブログである。ブログの流行により、情報の発信はさらに手軽になり、情報は膨大になった(よくGoogleでブログがひっかかりますよね)。無根拠な情報、違法性のありそうな情報もよく見られる。情報リテラシの必要性は更に高まっているようだ。
ただ、ブログの流行によって、むしろ情報リテラシが高まるという気もする(もともとそういう論旨で書き始めたはずなのだが(苦笑))。
お気に入りのブログに書かれている事は−こと趣味・嗜好に関する事は−信頼できる情報だろう。情報のフィルターとしてブログを利用できるわけだ。
発信するにしても、ニュースサイトにリンクを張って根拠を示すなど、信頼できる情報発信のトレーニングになる(すれば、の話)。情報教育の一環として、ブログを書いてみる、というのもなかなかおもしろいかと。
ところで、ブログの副産物として、文章の練習になるというのがある。もう毎回毎回記事書くたびになやむなやむ!最後の方はいやになって、ろくに推敲もせず載せてしまうわけで。まあ、そういうわけで、自らの情報リテラシ向上のために、いいブログが書けるよう精進します・・・(なんやそら)。
死因。
日頃自転車に乗っていると、車が怖い。
数100kgの物体が時速40〜60kmで鼻先を掠めるのだから当然だ。
しかもそんな乱暴なものが少し傷ついただけで揉め事がおこる。
非現実だとわかっていても、車社会が終わるよう願いたい。
で。この記事を書くにあたって、交通事故死亡者がどのくらいいるのか、厚生労働省の人口動態調査(平成16年12月分第6表)を参照した。(なおこのデータ、結構わかりにくいとこにあります。トップ→統計調査結果→厚生労働省統計表データベース→厚生労働省統計表データベースシステム→統計調査一覧→人口動態調査→平成16年→平成16年12月分 第6表 死亡数,性・年齢(5歳階級)・選択死因分類別(概数)で見られます。)
そこでまず驚いたのが、3大死因の割合の高さ。悪性新生物(癌)、心疾患、脳血管疾患だけで6割を占める(ちなみに交通事故は1%)。
そして次に気になったのは「自殺」。
交通事故のすぐ下にあるのだが、交通事故の死亡者1062人に対し、自殺者2410人。2倍を超える(ちなみに男性1779人、女性631人)。
さらに、各死因別に、どの年齢層が最も多く死亡しているかをマークしてみた。するとほぼ全ての死因で、70〜99歳にマークが入った。例外はわずか2件。「自殺」と「乳ガン」だ。どちらも55-59歳。どちらもTVなどで話題になっていたが、これほど特異だとは思ってなかった。
皆さんも、気をつけましょうね。
数100kgの物体が時速40〜60kmで鼻先を掠めるのだから当然だ。
しかもそんな乱暴なものが少し傷ついただけで揉め事がおこる。
非現実だとわかっていても、車社会が終わるよう願いたい。
で。この記事を書くにあたって、交通事故死亡者がどのくらいいるのか、厚生労働省の人口動態調査(平成16年12月分第6表)を参照した。(なおこのデータ、結構わかりにくいとこにあります。トップ→統計調査結果→厚生労働省統計表データベース→厚生労働省統計表データベースシステム→統計調査一覧→人口動態調査→平成16年→平成16年12月分 第6表 死亡数,性・年齢(5歳階級)・選択死因分類別(概数)で見られます。)
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さらに、各死因別に、どの年齢層が最も多く死亡しているかをマークしてみた。するとほぼ全ての死因で、70〜99歳にマークが入った。例外はわずか2件。「自殺」と「乳ガン」だ。どちらも55-59歳。どちらもTVなどで話題になっていたが、これほど特異だとは思ってなかった。
皆さんも、気をつけましょうね。


